東京高等裁判所 平成12年(ネ)1143号 判決 2000年9月28日
控訴人 更生会社株式会社ライフ管財人下河邉和彦
右訴訟代理人弁護士 田中信人
右訴訟復代理人弁護士 石川雅巳
控訴人補助参加人 有限会社 青山自動車
右代表者代表取締役 青山靜男
右訴訟代理人弁護士 仁平信哉
同 中井淳
同 徳久京子
被控訴人 A野太郎
右訴訟代理人弁護士 芳野直子
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人及び控訴人補助参加人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金一九七万九三一三円及びこれに対する平成九年一二月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 被控訴人
控訴棄却
第二事案の概要
一 本件は、株式会社ライフ(ライフ)が、被控訴人が控訴人補助参加人(補助参加人)から自動車(日産グロリア三〇〇〇ターボ)(本件車両)を購入するために、購入代金と保証委託手数料の合計額二五七万六二九七円を訴外第一生命保険相互会社(第一生命)から借り受けるにあたり、保証委託を受けてこれに応じたところ、被控訴人が第一生命に対する分割弁済を怠ったため、ライフが一九七万九三一三円を代位弁済したとして、被控訴人に対し、右代位弁済金と遅延損害金の支払を求め、これに対して被控訴人が、補助参加人との本件車両の売買契約、第一生命との金銭消費貸借契約及びライフとの保証委託契約(これらの契約をまとめて本件クレジット契約という。)をすべて否認し、いずれも訴外B山松夫(B山)が被控訴人の名義を冒用したものであると争った事案である。
ライフ及び補助参加人は、被控訴人本人による本件クレジット契約の成立、名義貸しによる成立、B山を代理人としての成立、表見代理、被控訴人による追認などを主張したが、原判決はいずれも認めずにライフの請求を棄却したため、補助参加人が不服を申し立てたものである。
なお、ライフは、平成一二年六月三〇日、会社更生手続開始決定を受け(東京地方裁判所平成一二年(ミ)第一三号)、控訴人が更生管財人に選任された。
二 右のほかの当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。
(補助参加人の当審における主張)
1 原判決が、被控訴人本人による本件クレジット契約締結の事実を認めなかったのは事実誤認である。
(一) 補助参加人は、B山がオートオークションで買ってきた本件車両を買い受けて、これを被控訴人に直接売却したものである。
(二) また被控訴人は、B山からの依頼を受けて、本件クレジット契約の債務者になることを承諾し、補助参加人からもローン返済の確認の電話がある旨の説明を受けたうえで、ライフからの契約意思確認に対し、その意思がある旨の回答をしたのであり、クレジット契約の債務者となることを承諾していたものである。
2 原判決が、名義貸しによる責任を認めなかったのも経験則に反し事実誤認である。前項のとおり、少なくとも被控訴人は、B山によって、その名義が本件クレジット契約上の債務者として使用されることを承諾していたものであり、名義貸しに基づいて債務者としての責任を負うべきである。
3 原判決は、表見代理責任も否定したが誤りである。
(一) 被控訴人は、その名義で本件クレジット契約を締結することを承認したことにより、補助参加人や控訴人に対し、B山への代理権限の授与を表示したものであり、その外形を信頼したライフに対して債務者としての責任がある。
(二) 被控訴人は、B山を本件車両の登録名義変更の代理人として、必要な印鑑登録証明書を同人に交付しているが、これは民法一一〇条の基本代理権となるものである。
4 被控訴人は、B山によって本件クレジット契約が結ばれたことを認識しながら、これを否定せず、B山のなすがままに任せていたものであり、ライフからの請求を受けるや態度を一変させて契約を否認するのは信義則に反する。
5 被控訴人の当審における主張に対して
(一) 補助参加人が締約代理商でないことについて
販売業者には、顧客の依頼に従ってローンの申込書類を信販会社に送付し、その結果を顧客に告げるという事実行為についての役割しかない。申込みに応じるかどうかの意思決定等に関わることはなく、何らの意思決定権限もない。本件でもライフは補助参加人に対して本件クレジット契約締結の代理権を授与したことはない。クレジット契約に関しては、販売業者には信販会社を代理する権限はなく、締約代理商ということはできない。
(二) 補助参加人が履行補助者でないことについて
販売業者は契約の締結段階では前記内容の限度で関わっているが、顧客の金融機関に対する債務の保証及び販売業者への立替払といった契約の履行については何らの関わりもなく、信販会社の履行補助者ということもできない。
(三) 信販会社の販売業者に対する監督義務について
被控訴人は、通産省の通達等を根拠に、信販会社の販売業者に対する監督義務を主張するが、右各通達はクレジット契約における事故防止のために信販会社が注意を払うべき事項を通達したものであって、販売業者に対する監督義務を定めたものではない。また、販売会社と信販会社が別法人である以上、信販会社が販売業者に対して監督義務があるというためには、法的に指揮命令関係があり、加盟店の契約を信販会社が監視しなければならないという実体法上の法的義務が必要である。しかし、右通達からはこのような法的義務までは認められず、両者に密接な経済的関係があるからといっても同様である。
(四) 民法九三条但書の主張について
販売業者において、名義貸しの事実を認識し、または認識できなかったことに過失があったとしても、販売業者と信販会社とは別法人であり、売買契約と保証委託契約等が別契約である以上、信販会社自身に名義貸しの事実についての認識がない限りは民法九三条但書の規定の適用はありえない。
(控訴人の当審における主張)
補助参加人の当審における主張5と同旨。
(被控訴人の当審における主張)
1 被控訴人は本件車両の所有名義人となることを承諾したにすぎない。被控訴人が本件クレジット契約の締結、あるいは契約への名義貸しを承諾していたのならば、契約書をB山が偽造する必要はない。
被控訴人は補助参加人と会ったこともなく、当然、本件車両についての確認も行っておらず、その間の直接売買などありえない。本件は、B山と補助参加人によって、被控訴人の名義を利用してなされた架空ローンなのである。
被控訴人は、クレジット契約の締結に関して何らかの代理権をB山に授与したことも、その意思表示をしたこともない。また、被控訴人は、B山に対して印鑑登録証明書を渡したが、それは自動車の登録名義の変更という公法上の行為のためである。何らかの私法上の取引の一環として行われたわけではなく、これをもって表見代理における基本代理権の授与とはならない。しかも、被控訴人は実印そのものは渡していないのである。
2 信販会社と販売業者の関係について
(一) 信販会社と販売業者との経済的一体性
個品割賦購入斡旋システムは、信販会社と販売業者とが「共同の利益」を追求するために構築されたシステムであり、両者は経済上一体不可分の関係にある。つまり、加盟店契約の締結により、販売業者は自社割賦の場合に必要とされる資金や債権回収のノウハウを持たなくても、顧客に対する信販会社の信用供与を活用することができ、これによって販売促進及び売上代金の早期回収を図ることができる。他方、信販会社は独自に信用供与の対象先を開拓することなく、販売業者が見つけてきた顧客に対してローンを組み、これを対象に金融上の利益を得ることができる関係にある。このようにして、販売業者の営業活動は同時に信販会社の顧客獲得とも重なり合ったものとなっており、信販会社にとっては、加盟店と提携することにより、加盟店の営業活動を通じてより多くの与信の機会を獲得し、手数料収入、金融収入を得ることができるのである。
(二) 販売業者による信販会社の代理行為
実際の契約締結の場面でも、信販会社が立ち会うことは極めてまれである。通常は、顧客に対してクレジット契約の申込みを勧誘し、申込書を顧客に交付して記載させてこれを受領し、信販会社の承諾の意思表示を伝達するのも、すべて販売業者が行っている。顧客にとっては、販売業者の行為がすなわち信販会社の行為なのである。
(三) 通産省の通達による販売業者に対する監督義務の具体化
右のような実態から、信販会社に対して販売業者に対する監督義務が認められ、通産省産業政策局消費経済課長から社団法人日本割賦協会会長宛の昭和五七年四月一三日付及び昭和五八年三月一一日付各通達、同局取引信用室長から社団法人日本クレジット産業協会会長宛通達によって、加盟店の販売方法や信用状態等の調査などが具体的に指導されている。
(四) 信販会社と販売業者の法的関係
以上のような経済的一体性やクレジット契約の締結の実態、信販会社に販売業者の監督義務が認められていることからすれば、法的にも、販売業者は、クレジット契約の締結に関して、信販会社の締約代理商と解すべきである。仮に然らずとしても、少なくとも契約締結に関する履行補助者というべきである。
したがって、販売業者である補助参加人の故意・過失、善意・悪意は、信販会社であるライフのものと同視すべきであり、その法的効果は控訴人に帰属するものである。
本件においては、補助参加人は、B山と通謀して、本件クレジット契約が物販を伴わないものであり、立替払契約の本来の目的に反していることを知りながら、本件クレジット契約を締結したものであり、かかる代理商ないし履行補助者の認識はライフに帰属すべきであるから、民法九三条但書の類推適用により、本件クレジット契約は無効とすべきである。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 本件の事実経過について
《証拠省略》によれば、次の各事実が認められる。
(一) 被控訴人は、平成元年七月ころ、日産サニー湘南販売株式会社(日産サニー販売)から自動車を購入し、その際、営業担当のB山と知り合って、その後も定期点検等の際に顔を合わせていたが、平成五年ころ被控訴人がトヨタの自動車に買換えたため交流は途絶えていた。
(二) B山は、平成八年一月ころ、約二〇〇〇万円の使い込みや焦げ付きが発覚して、その一部を返済し、残額は分割返済することを約して、日産サニー販売を退職した。同人は、すぐにTSオートという名称で、個人営業による自動車の販売事業を始めたが、順調には行かなかった。しかし、B山は、平成八年五月ころ被控訴人に面会を求めて仕事が順調であるかのように話をし、その後、しばしば被控訴人に連絡を取ったうえ、同年七月ころ、被控訴人に事業資金として一〇〇万円を貸してくれるよう申し入れ、三〇万円を被控訴人から借り受けて、債務の返済に充てた。
(三) B山は、このような被控訴人の人の好さに乗じて、被控訴人名義で架空のオートローン・クレジット契約を結び、金融機関や信販会社から支払われる金員を債務の支払に充てることを計画した。そして、B山は、平成八年八月ころ、その意図を隠して、被控訴人に対し、「仕入れた中古車を転売するのに、ディーラーの名義だと買主から値引きを要求されて断れないことがあるので、仲介売買という形をとるために、車の登録名義を被控訴人の名義にさせて欲しい。」「車の名義に関することで、ローン会社からの電話が行くかも知れないが、はい、はいと言ってくれればいいから。」などと述べて、被控訴人の名義を自動車の登録名義として利用することを依頼し、B山を信用していた被控訴人はこれを承諾した。
そのうえで、B山は、自動車販売業者であり、ライフのオートローン・クレジットに関する代理店をしている補助参加人に対し、被控訴人が車を買いたいと言っているとして、ローンを利用させて欲しい旨依頼し、補助参加人からも承諾を得た。
(四) そして、B山は、早速、補助参加人から交付を受けたライフのクレジット契約書用紙(甲一)に、被控訴人の氏名と日産サニー販売に勤務していた当時から知っていた被控訴人の住所、電話番号、勤務先等の必要事項を記入した。支払口座については、B山が無断で相模原信用金庫大和支店に被控訴人名義で開設した普通預金口座の番号を記入し、購入車両として本件車両を書いたうえ、車両代金や車検費用等、本来、販売店が決定すべき部分も勝手に記載して、購入しておいた楕円形のA野名の三文判を被控訴人の名下に押捺して、これを補助参加人に提出し、ライフへの申込み手続を依頼した。
(五) 右契約書の送付を受けたライフは、平成八年八月二〇日午後七時四五分ころ、担当者が、本件クレジット契約締結についての被控訴人の意思確認のため、その勤務先に電話をかけたところ、被控訴人は、B山から指示されたとおり「よろしくお願いします。」と回答した。
その後、ライフは、本件クレジット契約の金額が一〇〇万円以上であることから、補助参加人に対して被控訴人の印鑑登録証明書の提出を求め、補助参加人はB山にこれを伝えた。B山は、登録名義の変更に必要との名目で、被控訴人から平成八年九月二日付の印鑑登録証明書を受け取り、その登録印に似た印影の印鑑を購入して、これを前記契約書に押し直し、印鑑登録証明書と共に改めて補助参加人に提出した。これにより平成八年九月一〇日をもって本件クレジット契約が成立したものとされ、同月一七日に本件車両の販売代金相当額が補助参加人宛に振り込まれた。なお、補助参加人は、その前の平成八年九月一三日に代金相当額全額をB山に支払っており、B山はこれをすべて債務の返済に充てていた。被控訴人はこのような経過は全く知らず、補助参加人の店舗を訪れたことも、売買の交渉をしたことも、本件車両を見たこともなく、B山からは一銭の金員も受け取っていない。
(六) また、B山は、本件車両を対象に、同時期に同様な方法で、いずれも被控訴人の名義を利用して、望月自動車を通じて日立クレジットと、株式会社SAPを通じてアプラスと、岩田モータースを通じてジャックスと、それぞれ架空のクレジット契約を結んでいる。B山はこの他にも、補助参加人を含め右の各自動車販売業者を通じて多数の架空のクレジットローン契約をしているが、そのうち、補助参加人を通じたものとしては、平成六年五月ころにC川竹夫名義で、平成八年八月ころにD原梅夫名義で、平成九年一月ころにE田春夫名義で行った契約がある。
(七) 本件クレジット契約に関しては、その後、B山が、前記開設した被控訴人名義の支払口座を通じてローンの分割金を支払っていたが、平成九年七月ころから支払を遅滞するようになった。その結果、各信販会社から被控訴人宛に催告書が送付されるようになり、不審に思った被控訴人がB山に確かめて、はじめて被控訴人名義で架空のクレジット契約が結ばれていることが判明した。
2 クレジット契約書記載の売買の成否
補助参加人は、被控訴人との間で本件車両を直接売買した旨主張する。しかし、補助参加人は買主とされている被控訴人と会ったことも、本件車両の確認や売買契約の内容について交渉したこともないのである。補助参加人代表者自身、その陳述書(丙一)では、ローンの代理店になっていなかったB山が車を販売するにあたって、補助参加人の名義を貸した旨述べている。このことは、補助参加人がB山の説明を鵜呑みにしていたものであることを示しているのであり、クレジット契約書記載の売買が補助参加人と被控訴人間で結ばれたのではないのである。補助参加人の右主張は認められない。
3 B山に対する名義貸しの内容
前記の認定事実によれば、被控訴人は、B山から、同人が仕入れた中古車を転売するまでの間、販売上の理由からその登録名義に被控訴人の名義を利用させて欲しい旨の依頼を受けてこれを承諾したものの、クレジット契約の債務者名義として利用することまでは承諾していないことが認められる。現に本件クレジット契約の契約書(甲一)の被控訴人の作成名義部分は、その署名押印を含め、すべてB山が被控訴人の承諾を得ることなく勝手に記載して、同人が用意した印鑑を押捺して偽造したのである。もし被控訴人がクレジット契約の債務者となることを承諾していたのであれば、そのようなことをする必要はないはずである。
4 ライフに対する電話回答の評価
ところで、補助参加人から契約書(申込書)の送付を受けたライフの担当者は、平成八年八月二〇日午後七時四五分ころ、被控訴人の勤務先に電話をして、被控訴人に対し本件車両の売買に関してクレジット契約を締結する意思があるか確かめ、これに対し、被控訴人は「よろしくお願いします。」と述べて、その意思がある旨の回答をしている。これにつき、被控訴人は、B山から、「車の関係で電話が入るが、迷惑はかけないから、ただ、はいはいと答えておいてくれれば良い。」と言われていたので、電話の内容も分からずにそのとおりにしたと供述している。しかし、ライフの担当者が、本件クレジット契約の締結意思を確認する旨の用件を告げることなく、被控訴人に電話をするようなことは考えられない。また、被控訴人自身、他にもクレジット契約を申し込んで、その意思確認の電話を受けた経験がある旨供述している。これらの事実を考慮すると、被控訴人は、ライフからの電話の趣旨を理解できたはずであって、前記供述は信用できない。
とすると、ライフからの契約意思確認の電話に対して、被控訴人が前記のような回答をしたことは、被控訴人が契約意思を有する旨の意思表示に当たると解するのが相当である。
もっとも、被控訴人にとっては、車の登録名義人になることは承諾したものの、クレジット契約の債務者名義として利用されることは承諾しておらず、したがって、クレジット契約の債務者となる意思もなかったのである。したがって、右意思表示は、被控訴人の真意に反する意思表示というべきである。それゆえ、被控訴人の真意でないことを相手方が知り、又は知ることができた場合には意思表示は無効となるものである。
5 信販会社と販売業者の関係について
(一) ライフのような信販会社と補助参加人のような販売業者とは、互いに独立した法主体である。しかし、本件のような商品の販売と、これに伴うクレジット契約の締結については、両者は加盟店契約を締結して、販売業者は、信販会社の信用供与により代金の早期支払を得ることができ、他方、信販会社は、自ら営業活動を行わなくても、販売業者が獲得した顧客に対し購入代金の融資に応じ、あるいは金融機関による融資に関して保証の委託を受けるなどの与信業務によって金融上の利益をあげることができるという関係にある。そして、クレジット契約締結の実際においては、信販会社は、販売業者に対し、売買代金について顧客より与信の申込みを受けることを委託しており、これを受けて、販売業者は、信販会社のために、顧客に与信の勧誘と説明を行い、作成された契約書(申込書)を信販会社に送付し、信販会社から信用調査等の結果に基づく契約の諾否の通知を受けて、これを顧客に連絡するといった与信契約締結のための事務手続の一切を行っている(《証拠省略》により認める。)。
(二) 本件においても、ライフと補助参加人の間では加盟店契約が結ばれており、販売業者たる補助参加人は、ライフの信用調査を経てライフが認める顧客に対して商品を信用販売する(三条一項)、補助参加人は、ライフ所定の申込書・契約書に所定の事項を記入したうえで、申込書控(お客様用)を「契約の仕組みを説明した書面」と共に顧客に交付する(三条二項)、補助参加人が顧客に信用販売したときは、所定の売上票、契約書等をライフに提出する(六条)などと定められている。そして、販売業者である補助参加人は、ライフのために、顧客に対してクレジット契約の利用を勧誘し、クレジット契約の申込書・契約書を受け付けて、契約の仕組みを説明した書面を交付し、他方、申込書・契約書をライフに送付して、ライフによる信用調査等を経て契約締結の可否の通知を受け、これを顧客に連絡するといった事務を行っており、その間に信販会社たるライフが直接顧客との間でクレジット契約の締結のための事務に当たることはない(《証拠省略》により認める。)。
(三) 販売業者は、信販会社と独立して与信契約締結の決定権(代理権)を有するものではない。しかし、販売業者は、与信契約を締結するのに不適当な事実(例えば本件のような加盟店契約上の地位の他社利用の事実など)を信販会社に伝達せず、結果的に与信契約不適な事案について、与信契約を締結させることが可能である。そして、与信契約の相手方からみると、与信契約の不適な事案を含めて、与信を受けられるか否かの実際の交渉は販売業者との間でするのであり、そのような事案を含めて、契約の諾否の回答も、販売業者を通じて受けるのである。このことは、代理権を有しない販売業者が、ある面では与信契約締結の可否を決するキーマンの地位にあることを示している。
(四) 以上検討したところによれば、販売業者にはクレジット契約の締結に関する代理権は認められず、したがって信販会社の代理人(商)とまではいえないとしても、実質的にはこれに準じる立場にあり、民法九三条但書の解釈としては、販売業者が、クレジット契約の相手方に契約締結の意思がないことを知り、又は知るべかりしときには、信販会社が知り、又は知るべかりしときと同様に、信販会社は契約の効力を主張することはできないものと解するのが相当である。もっとも、このように解するのは、クレジット契約の前記のような構造を悪用して利益を得ようとする者を保護するためではなく、何らの利益も得ずに単に利用されたにすぎない者を保護する趣旨である。したがって、当該契約によって利益を得た者(例えば本件のB山)は、前記の無効を主張することは許されないものと解すべきである。
控訴人及び補助参加人は、販売業者が信販会社の契約債務の履行(顧客の金融機関に対する債務の保証及び販売業者への立替払)について関わることはないとして、右の判断を争うが、たとえ契約成立後に生じる債務の履行に関わらないとしても、契約の締結にかかる事務について契約当事者を補助する者の存在も認められるのであり、前述のような販売業者と信販会社の関係や、販売業者が信販会社に代わってクレジット契約の締結に関する事務の重要部分を処理している実態に照らせば、前記判断が妨げられるものではない。
6 補助参加人による被控訴人の真意についての認識
(一) 本件クレジット契約は、前述したとおり、被控訴人不知のまま、B山によって結ばれたもので、債務者である被控訴人が加担して契約されたものではなく、これにより被控訴人が利益を得たものとは認められない。
本件クレジット契約にあたって、補助参加人は被控訴人と直接会ったことはなく、本件車両の確認も売買契約に関する交渉もしていない。また、補助参加人は、ローンの代理店になっていなかったB山のために加盟店契約上の地位を貸したと認められることも前述したとおりである。
そして、被控訴人名義で作成された契約書が、その体裁からしてB山がすべて記載したものであることは補助参加人も認識していたことが窺われる。それなのに補助参加人が被控訴人の信用度や本件車両の購入意思を調査したような事実も認められない。補助参加人代表者は、被控訴人に対して電話で、信販会社からの確認の電話があることを伝えた旨供述している。しかし、被控訴人はこれを否定しており、すでにB山からも同旨の説明が被控訴人になされていることを考えると、右の供述は信用できない。また、被控訴人とは直接売買であると主張している補助参加人が、被控訴人に電話をかけながら、本件車両や売買契約の内容に関する話をしないで、信販会社からの確認の電話を主要な用件としたというのも不自然である。
さらに、本件クレジット契約はその金額が一〇〇万円を超えるものであったことから、契約の締結にあたって、ライフは、被控訴人の印鑑登録証明書の提出を求めるよう指示して、契約書を一旦補助参加人に戻し、これを受けて補助参加人はB山から被控訴人の平成八年九月二日付印鑑登録証明書の交付を受けたが、契約書には、B山が被控訴人の登録印を所持していないため、これに類似した印鑑を購入して勝手に押捺したことは前述のとおりである。契約書に押捺された印影と印鑑登録証明書の印影とが相違することは一見して明らかである。ところが、補助参加人は、印影の確認もせずに、あるいは印影の相違を知りながら契約書と印鑑登録証明書をライフに送付しているのである。
(二) 以上の事実を勘案すると、補助参加人は、B山と被控訴人との間の本件車両の売買契約が真実存在するものかについて疑問を抱いて当然と解される。それにもかかわらず、これを解明しようとしていないことからは、補助参加人はB山と被控訴人間の車両売買も架空であることを知っていたものと推認できる。少なくとも右両者間の売買が架空のものであっても構わないと認識していたものということができる。したがって、補助参加人は、被控訴人に本件車両の売買契約を含め、本件クレジット契約を締結する意思のないことを知り、又は知り得たものというべきである。
7 ライフに対する電話回答の意思表示の無効
以上のとおりであるから、被控訴人は、ライフに対する電話回答の意思表示について、民法九三条但書により、その無効を主張できるものと解すべきである。
8 被控訴人の名義貸しの主張について
前述のとおり、被控訴人が本件クレジット契約に関して名義貸しを承諾した事実は認められない。また、ライフに対する電話回答は、前述のとおり無効である。したがって、この点に関する控訴人の主張は採用することができない。
9 表見代理の主張について
(一) 被控訴人が、その名義による本件クレジット契約の締結を承諾したとは認められない。また、本件全証拠によっても、被控訴人が、補助参加人や控訴人に対し、B山への代理権限の授与を表示した事実は認めることができない。
(二) 被控訴人が、B山に対し本件車両の登録名義を一時的に被控訴人名義にすることを承諾し、必要な印鑑登録証明書を同人に交付したことが、民法一一〇条の基本代理権の授与といえないことについての当裁判所の判断は、原判決の理由第二の四と同じであるからこれを引用する。
10 信義則違反の主張について
本件全証拠によっても、控訴人からの請求を受けるまで、被控訴人が本件クレジット契約が被控訴人を債務者として締結されていることを認識しながら、これを放置していたような事実は認められない。また、仮にその認識を有していたとしても、その名義が利用されるに至った本件における事情に照らせば、被控訴人が控訴人からの本訴請求を争ったからといって信義則に反するということもできない。
11 追認の主張について
被控訴人による本件クレジット契約追認の主張については、当裁判所も理由がないと考えるが、その理由は原判決の理由第二の五に記載されているところと同じであるからこれを引用する。
二 以上によれば、控訴人の請求を棄却した原判決は結論において相当であり、本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 西島幸夫 江口とし子)